LA VERDA GEMO

佐々木さんの笑顔を忘れない

大西道子

“エスペラント”に出会って、それまで全くご縁のなかった人たちに出会う機会が増えた。大会や合宿で何度かお会いするうちに、親しい間柄になったり、また一方的に憧れるような人が現れたりする。私にとって佐々木さんは後者。お見かけしたときは近くまで行ってご挨拶するのが楽しみだった。2012年に箱根で開催された関東連盟の大会の折にも、会場になった旅館のロビーで声をおかけした。「お嬢さんの誕生おめでとうございます!」と。「ありがとう!」と、本当に嬉しそうな笑顔で応えてくださった。あの独特の眉毛の、温かい優しい笑顔で。

もう一つ、私の記憶を書きたい。

どこの大会でだったかセミナーでだったか定かではないが、私は一度佐々木先生の講習を受けたことがある。内容は、外国語(特にロシア語)の翻訳をするとき、その内容を正しく理解して表現しなければならない。そのためにはエスペラントの存在は欠かすことができない、といったようなお話だったと思う。

ザメンホフの訳した“Fabeloj de Andersen”に話が及んだ時、「みなさんはアンデルセンがお好きですか?私はこの本の中で深く印象に残ったのは“ユダヤの少女”です。」と言われた。自分のことになるが、私はたまたまそれを読んでいた。エスペラントに出会い、初めて所属した西日暮里エスペラントクラブでこの本を目にした。子供の頃から好きだったアンデルセン童話。しかも日本ではまだ翻訳出版さていないものも含め、沢山(106編)の作品が収められているとのこと。無謀にも全くの初心者がその分厚い本を購入。辞書を頼りに少しずつ数年がかりで取り組んだ。解らない部分は、素通りしたり勝手な解釈をしながらではあったが。そんなことの後だったので、とても興味深くお話を聞いた。

佐々木先生は「この短い物語“ユダヤの少女”(4頁)には作者の、人間の差別に対する強い憤りと小さきもの弱きものへの慈しみの心が込められています。━ ekstere apud la muro ━ 物語の最終部のこの文節が大きな意味を持っているのです。」と言われた。私には、きちんと理解できていなかった。そして胸にストンと落ちた。作者と先生がぴたりと重なって見えた瞬間だった。 

以後、何回か読み返している。その都度あの日の授業が甦る。あの温かい笑顔と共に。

心からご冥福をお祈りいたします。

2023年4月